科学の力

最近読んだ本の中に、

「科学で分かることは、科学で分かる程度のことでしかない」

という言葉がありました。

世の中で起こっている現象、「科学で分かることはたかが知れている・・・」とも解釈できる。

科学は無意味、とか、科学は無駄、と言っている訳ではありません。

意味はあるけれど、科学信仰は怖い! 私はそう思っています。

 

今年、2カ所の畑に、自然栽培・自家採種で育てたオクラの苗を植えました。

不思議なことに、1か所の畑は、すべて普通のオクラの色。もう1か所の畑のオクラは、すべてものすごく白いんです。

科学の理屈で説明することはできるかもしれませんが、科学の力で再現することはできない。

どんなに科学技術が進んでも、種そのものを作り出すことはできない。土そのものを作り出すことはできない。つまり、何も分かっていないのと同じ。

 

怪我をして出血した時に、私は、満潮時間を確認します。

満ち潮の時は、血の止まりが遅い。

引き潮の時は、比較的早く血が止まる。

この自然現象、科学の世界では、いまだ、何の証明も解読もできていない。

 

科学を、違う角度から見ると・・・

科学は、近未来に直接的に金銭的価値を生み出す可能性の大きいものにしか目を向けない。

直接的に金銭的価値を見出せそうもないものに対する研究・検証には、どこからも予算が出ないので、変わり者が自費で研究する以外には、一向に進まない。

 

自然界には、すぐに金銭に変えられないものが多い。自然界の研究は遅れて当たり前! 自然界の中で金銭に換えられるものだけが研究が進み、そうでないものは見捨てられる。

ものすごく大きな危険をはらんでいる。

ほんの一部分だけを研究して、それがすべてであるかのように吹聴される今の世の中。

一部分しか分かっていないことを、すべてが分かったように宣伝し、利権を作り出していく。

 

科学で証明されたものだけが正しいかのような風潮には大きな危惧を感じる。

科学で証明されたものだけを信じる人が増えることに、もっともっと大きな危惧を感じる。

 

科学は後付けでいい! 私は常々そう思っています。

目の前にある事実の方が確かであることは間違いない!

その事実に目を向けずに、マスコミで報道される、利権者によって作り出された都合の良い科学だけに目を向けることの恐ろしさ。

 

私は、人の身体も自然界の一部と考えています。

ということは、人の身体を、現代科学で判断すること自体、ものすごく恐ろしいことなのでは?

健康問題は、数値や科学ではなく、感覚で判断することがものすごく大事なのでは?

検査数値で判断することは、大きな危険をはらんでいる。その覚悟はしっかり持って欲しいと思います。

 

目先の利益を追求する科学ではなく、50年後100年後を見据えた感性・感覚を大事にしよう!

本当に大切にしなくてはならないものを失わないために・・・

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