自然栽培って???

【 「自然栽培」って??? 】

いきなり話はそれますが、我が家で使用している布団は、生地も中の綿も自然栽培綿。

製造工程での化学処理も一切なし。

定休日に予定が詰まっていると布団を干すことができません。

1ヶ月くらい布団を干すことがでできないと、見事にせんべい布団になります。

その後、天気の良い日に巡りあって何とか干すことができると、驚くほど見事にフッカフカに蘇ります。ものすごく気持ちいいです。

不思議なことに・・・ 日当たりのいい部屋の中に干しておいても外に干したようにフカフカにはならないんです。

風が当たるからかな? と思い、扇風機の風を当てっぱなしにしておいても、外に干しておいたときのようなフカフカにはならないんです。

湿気のせいかな???  ものすごく乾燥した天気のいい日に日当たりのいい窓際に扇風機の風を当てておいても、外に干した時のようにはならない。

本当に不思議です。

外の風には、科学では証明できない・説明できない何か大きな力がある・人知で計り知れない大きな力がある、そのように考えないと説明がつかないのです。

 

自然栽培という農業も、全く同じことが言えると思う。

科学では証明・説明できないことが山ほどあるのだと思います。

野菜は、肥料を与えないと育たない、という世間の常識があります。

この常識から抜け出すことなく自然栽培を始めると、化学肥料ではなく自然なものをいかに肥料の代わりにするか、という発想から抜け出せない。

 

私はもう10年以上、畑にはいかなるものも持ち込んでいない。

苗つくりに使う土は、畑の土をフルイにかけただけのもので、苗つくり用の土を用意することもない。

それでも野菜は育ちます。

毎年、ウエストくらい太い大きい大根も育っています。

調べてはいませんが、私の畑には、世間で言われるような野菜に必要と言われる栄養素・成分は、ほとんどないと思う。

それでも育つということは・・・

植物が、「太陽」と「土」と「地中や空気中の水分」などの力を借りて、植物自身に必要な成分を自ら作り出しているのだと思う。

このように考えないと説明がつかないのです。

 

肥料を与えると早く・大きく育つ。

経済効率を考えて肥料を与えることが常識となった。

肥料を大量に与えられた植物たちは、必要な成分を自ら作る力を失っていく。

自らバランスを取ることをしなくなった植物たちは、当然ながら外部環境に弱くなる。

少しのことで病害虫に負けてしまう。

だから農薬が必要となる。

ますます野菜たちは弱くなっていく。

それと同時に、野菜本来の味ではなく、肥料の味になっていく。

子どもたちが野菜嫌いになっていく最も大きな要因だろう。

 

肥料を一切与えない自然栽培だと、もともと弱いものは淘汰されていく。

残ったモノは、自らの力で必要な成分を作り出し育っていく。

だから、肥料の味が混ざることなく、野菜本来のものすごくスッキリした優しい味わいとなる。

子どもが、自然栽培の野菜だったら食べたい・おいしい、というのも頷ける。

小さな子どもの味覚は確かです。

味覚というより、「自分自身が欲する感覚」と言った方がいいかもしれない。

 

自然栽培の農業を称賛する人はどんどん増えています。

しかし、肥料や栄養素・成分、という話になると、なかなか話が噛み合いません。

 

私の感覚では、化学のものであろうと自然・天然のものであろうと、人為的に肥料を与えれば、植物たちは、自ら必要な成分を作り出す力を失っていく。

 

化学の代わりに自然なものを  自然なものの中で効率的なモノを  その中でも使いやすいものを  少し手を加えてさらに効率的で使いやすいものを ・・・ 結局、回りまわって化学肥料に戻ってしまう。

同じ繰り返しにならないことを望むばかりです。

 

自然栽培という農業、スタート時点では同じことをしていても、根本的な本質を見間違えてスタートすると、いつの間にか、向かう方向が全く逆になってしまう。

私から見ると、自然栽培で有名になって行く人たちの多くは、本質から外れた逆の方向に進んでいるように感じる。有名になればなるほどね。

 

再び話が逸れますが、

「天然の保湿剤ありませんか?」 こういうお客さん、ものすごく多いです。

化学のものであろうと天然のものであろうと、保湿剤を使えば一時的に肌は潤う。そして使うのをやめれば前よりひどく肌が荒れてくる。

だからもっと保湿効果の高いモノを求めるようになる。

こうした繰り返しをしていると、自らの力で皮膚を保湿する力がどんどん失われていく。

歩かなければ、筋肉も平衡感覚もなくなっていくのと同じです。

 

さて、人にとって必要な栄養素、と言われているものについてはどうでしょう?

植物たちと同じ! 私はそう思っています。そう考えないと説明につかないことが山ほどあるのです。

栄養素を考えることなく、害になるものが一切入っていないものを好きなように食べる、これが理想だと思っている。

【人の身体も必要な栄養素・成分を体内で作ることができる】

「いや、できない。だから摂取するんだ!」というのが世間の常識です。

できないのではなく、できなくなるような生活をしている、と考える方が理にかなっている。

 

もう一度植物で考えてみましょう。

肥料(栄養素)を与えるから、自ら作ることができなくなる。 ⇒ 作れなくなるから外から与える。 ⇒ 外から与えるからバランスを維持できなくなる。 ⇒ バランスを崩すから弱くなる。 ⇒ 弱くなるから薬(農薬)が必要になる。 ⇒ 薬を使うから中毒(副作用)が出る。

 

植物も人間も同じだと思いませんか?

繰り返しますが、「栄養素を考えることなく、害になるもの(肥料・栄養素という発想が害の要因を作る)を身体に入れないようにして、害のないモノだけを好きなように食べること」

こうすることで、身体は、身体にとって必要な成分を勝手に見事に作り出してくれるようになる。

 

長い時間をかけて、自らの身体の体験と、自然栽培という農業体験から、私自身が思っている感覚のお話をしてみました。

ここまでの感覚にたどりつくには、かなりの負の積み重ねもありましたけどね(笑)。

 

市販の食品の99.999……%に、農薬や肥料、添加物が使われている。

こうしたものを食べ続けている限り、人の身体は、自ら調整する力を失っていく。

今では、そうした人たちから生まれた子供たちが、生まれながらにして、動物本来の力を持ち合わせなくなってきた。私が最も危惧するところです。

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